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東京地方裁判所 平成7年(行ウ)275号 判決 1997年11月25日

東京都中央区銀座三丁目一一番一三号

甲事件原告

株式会社松本倶楽部

松本忠東こと

右代表者代表取締役

李忠東

東京都渋谷区大山町一八番九号

松本祐正こと

乙事件原告

李承魯

右両名訴訟代理人弁護士

山下一雄

東京都中央区新富二丁目六番一号

甲事件被告

京橋税務署長 上田勝廣

東京都武蔵野市吉祥寺本町三丁目二七番一号

乙事件被告

武蔵野税務署長 桜木忠勝

右両名指定代理人

森悦子

堀久司

廣田隆男

上田幸穂

川上昌

主文

一  甲事件原告及び乙事件原告の各請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は甲事件原告及び乙事件原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  甲事件

甲事件被告が平成四年一一月二六日付けでした、甲事件原告の昭和六三年一〇月一日から平成元年九月三〇日までの事業年度に係る法人税の更正のうち所得金額一八三四万九九〇〇円、納付すべき税額六二四万九三〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。

二  乙事件

乙事件被告が平成四年三月一二日付けでした、次の各更正及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

1  乙事件原告の昭和六三年分の所得税の更正のうち総所得金額五億〇四八五万八五五〇円、納付すべき税額四億五八一七万二三〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定。

2  乙事件原告の平成元年分の所得税の更正のうち分離株式等の譲渡所得金額八八一二万四二〇〇円、納付すべき税額一七六二万四八〇〇円の部分及び過少申告加算税賦課決定。

第二事案の概要

本件は、乙事件原告(以下「原告祐正」という。)が同族会社である甲事件原告(以下「原告会社」という。)に対し他の同族会社の株式を売却したところ、原告会社は、右株式の譲受価額と時価の差額が受贈益に当たるとして、昭和六三年一〇月一日から平成元年九月三〇日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)の法人税の更正及び過少申告加算税賦課決定を受け、原告祐正は、昭和六三年分の所得税につき総合短期譲渡所得及び総合長期譲渡所得が、平成元年分の所得税につき分離株式等の譲渡所得がそれぞれ生じているとして、右各年分の所得税の更正及び過少申告加算税賦課決定を受けたため、右売却は右各更正に係る納税義務が生じないことを前提としてされたものであるから、錯誤により無効であったとして、それぞれ右各更正及び各過少申告加算税賦課決定の取消しを求めた事案である(なお、以下において、原告会社と原告祐正とを総称して「原告ら」といい、甲事件被告と乙事件被告とを総称して「被告ら」という。)。

一  争いのない事実等

1  当事者等(甲第一〇号証、第二八号証、乙第二ないし第四号証、第六ないし第一〇号証、第一五ないし第一八号証、第二四号証)

(一) 原告会社は、原告祐正が経営するグループ企業の財産管理を目的として昭和六三年四月一一日に設立された資本金を三〇〇〇万円、発行済株式総数を六〇〇株とし、株式譲渡に取締役会の承認を要する旨定款で定めている同族会社であり、後記2記載の株式売買契約締結当時の代表取締役には原告祐正の妻が、取締役には原告祐正の子らがそれぞれ就任しており、その株式は原告祐正の妻及び五人の子らがそれぞれ一〇〇株ずつ所有している。

(二) 原告会社の現在の代表取締役である松本忠東こと李忠東(以下「忠東」という。)は、原告祐正の長男であり、昭和六〇年四月、第一證券株式会社「以下「第一証券」という。)に入社し、昭和六三年二月に同社を退社して、翌三月、松本祐商事株式会社「以下「松本祐商事」という。)に入社し、原告会社が設立されるとともに、その取締役に就任し、後記2記載の株式売買契約締結当時も、原告会社の取締役の地位にあったものである。

(三) 松本祐商事は、目的を金融業等、資本金を一億〇二〇〇万円、発行済株式総数を二〇万四〇〇〇株とし、株式譲渡に取締役会の承認を要する旨定款で定めている同族会社であり、原告祐正が代表取締役に、忠東が取締役にそれぞれ就任している。

(四) 松本ビルディング株式会社は、昭和五一年五月に松本祐商事の不動産管理運営会社として設立された同属会社であるが、平成元年六月三〇日、目的を不動産の売買等、資本金を三〇〇〇万円、発行済株式総数を六万株とし、株式譲渡に取締役会の承認を要する旨定款で定めている同族会社である松商株式会社(以下「松商」という。)を吸収合併し、平成二年一二月二五日、商号を「シティリース株式会社」に変更している「以下、商号変更後の同社を「シティリース」といい、松商を吸収合併する以前の同社を「松本ビル」という。)。

(五) 日本ゴルフ信販株式会社「以下「日本ゴルフ信販」という。)は、ゴルフ場経営を事業とする資本金を一〇〇〇万円、発行済株式総数を二万株とする株式譲渡に取締役会の承認を要する旨定款で定めている同族会社である。

2  原告ら間の株式売買(甲第九号証の一、二、第一七号証、第二二ないし第二四号証の各一、第二五号証の一ないし一四、第二六号証の一ないし二〇、乙第二〇ないし第二三号証)

原告祐正は、原告会社との間で、次のとおり、原告祐正所有の株式について売買契約を締結した(以下、次の(一)ないし(五)の各売買契約を「本件売買契約(一)ないし(五)」といい、「本件各売買契約」と総称する。)。本件売買契約(一)について、原告会社は、契約締結日である昭和六三年一二月二七日、松本祐商事から一二億円を借り入れて原告会社名義の東海銀行の普通預金口座に入金し、同日、同口座から一二億円を出金し原告祐正名義の東海銀行の普通預金口座に入金して売買代金として原告祐正に支払い、同月三〇日付けで、原告会社の株主名簿の名義書換えが行なわれた。本件売買契約(二)ないし(五)についても、原告会社から原告祐正に対する代金支払と原告祐正から原告会社に対する株主名簿の名義書換えが行われた。なお、原告祐正は、右東海銀行の原告祐正名義の普通預金口座から、同月二八日、七億円を出金して、松本祐商事への貸付金とし、翌二九日、合計五億円を出金し、そのうち二億円を同銀行の定期預金とし、三億円を原告祐正名義の太陽神戸銀行の当座預金口座に入金の上、二億円を同銀行の定期預金、一億円を三井銀行の定期預金とした。

(一) 松本祐商事発行の株式(額面金額五〇〇円。以下「松本祐商事株式」という。)三万株

(1) 契約年月日 昭和六三年一二月二七日

(2) 代金 一二億円(一株当たり四万円)

(二) 松商発行の株式(額面金額五〇〇円。以下「松商株式」という。)一五〇〇株

(1) 契約年月日 平成元年三月二三日

(2) 代金 七五万円(一株当たり五〇〇円)

(三) 日本ゴルフ信販発行の株式(額面金額五〇〇円。以下「日本ゴルフ信販株式」という。)二八〇〇株

(1) 契約年月日 平成元年三月二八日

(2) 代金 一四〇万円(一株当たり五〇〇円)

(四) 松本ビル発行の株式(額面金額五〇〇円。以下「松本ビル株式」という。)六万九〇〇〇株

(1) 契約年月日 平成元年四月七日

(2) 代金 三四五〇万円(一株当たり五〇〇円)

(五) 日本ゴルフ信販株式一万七二〇〇株

(1) 契約年月日 平成元年四月一七日

(2) 代金 八六〇万円(一株当たり五〇〇円)

3  本件各売買契約締結後の経緯(甲第六号証の一、二、第七号証、第八号証の一、二、第一三ないし第一六号証、第一八ないし第二一号証、第二二ないし第二四号証の各一、二、第二五号証の一ないし一四、第二六号証の一ないし二〇、第二七号証の一ないし八、乙第一九ないし第二三号証)

(一) 平成三年一〇月初め、原告祐正に対し税務調査が実施された。

(二) 原告祐正は、平成三年一〇月八日、原告会社に対して、同月七日付けで、本件売買契約(一)に係る所得については非課税と確信していたにもかかわらず、最近に至って課税対象であることを知ったが、課税されるのであれば、本件売買契約(一)を締結することはなかったので、本件売買契約(一)には契約の要素に錯誤が存し無効であるというべきであるから、代金一二億円を返還するので、松本祐商事株式三万株を返却されたい旨を記載した通知書を送付し、原告らは、同月九日付けで、本件売買契約(一)は、原告祐正の意思表示に錯誤があり無効であること及び売買代金一二億円、松本祐商事株式三万株の各返還債務をそれぞれが負担していることを確認し、同月三一日までに履行すること、原告祐正は、原告会社が松本祐商事に対して負担している二四億〇一八〇万円の借入金債務のうち一二億円の債務を引き受けることによって、売買代金の返還に充当することができることとする旨の合意書(甲第七号証。以下「本件合意書」という。)を作成した。

(三) 原告会社は、原告祐正に対し、平成四年三月五日付けで、本件売買契約(二)ないし(五)について、税務課税当局の一方的認定により法人税及び地方税の課税がなされるということを知ったが、課税されるのであれば、本件売買契約(二)ないし(五)を締結することはなかったので、本件売買契約(二)ないし(五)には契約の要素に錯誤が存し無効であるというべきであるから、譲渡を受けた株式を直ちに返還するので、代金四五二五万円を直ちに返済することを催告する旨を記載した通知書を送付した。

(四) 松本祐商事の貸付帳には、平成三年一〇月九日、原告祐正に対し一二億円を貸し付け、同日、原告会社から貸付金に対する一二億円の返済入金が記帳されている。なお、原告祐正に対する松本祐商事の右貸金の貸付につき、松本祐商事の取締役会の承認は存在しない。

(五) 原告祐正名義の東京商銀信用組合の普通預金口座から、平成四年四月六日、四五二五万円が引き出され、同日、原告会社名義の太陽神戸三井銀行の普通預金口座に入金されたが、同日、同口座から四五〇〇万円が引き出され、松本祐商事の貸付帳には、同日付けで、甲事件原告から貸付金に対する四五〇〇万円の返済入金が記帳されている。

(六) 本件売買契約(一)の対象とされた松本祐商事株式三万株については、平成三年一〇月一四日付けで、原告会社から原告祐正への株式返還を承認する旨の松本祐商事の取締役会議事録が作成され、同月一七日付けで、これに沿った株主名簿の名義書換えが行われており、本件売買契約(三)及び(五)の対象とされた日本ゴルフ信販株式合計二万株については、平成四年三月七日付けで、原告会社から原告祐正への株式返還を承認する旨の日本ゴルフ信販の取締役会議事録が作成され、同年四月六日付けで、これに沿った株主名簿の名義書換えが行なわれており、本件売買契約(二)及び(四)の対象とされた松商株式一五〇〇株及び松本ビル株式六万九〇〇〇株については、同年三月二七日付けで、商号変更後のシティリースの株式七万〇五〇〇株につき、原告会社から原告祐正への株式返還を承認する旨のシティリースの取締役会議事録が作成され、同年四月六日付けで、これに沿った株主名簿の名義書換えが行なわれている。

4  課税の経緯(甲第一号証、第三、第四号証)

(一) 原告会社に対する課税の経緯は別表1記載のとおりである。

即ち、平成元年一一月三〇日、本件事業年度の法人税につき、原告会社は、本件各売買契約については課税されないものとして、所得金額を一八三四万九九〇〇円、納付すべき税額を六二四万九三〇〇円とする確定申告(以下「甲事件申告」という。)をしたところ、甲事件被告は、平成四年一一月二六日、所得金額を一〇億六八八二万七四〇〇円、納付すべき税額を四億七二一八万三一〇〇円とする更正(以下「甲事件更正」という。)及び過少申告加算税を六九五五万二〇〇〇円とする過少申告加算税賦課決定(以下「甲事件賦課決定」といい、甲事件更正と合わせて「甲事件各処分」という。)をした。

(二) 原告祐正に対する課税の経緯は別表2、3記載のとおりである。

すなわち、原告祐正は、本件各売買契約については課税されないものとして、平成元年三月一五日、昭和六三年分の所得税につき、総所得金額を五億〇四八五万八五五〇円、分離長期譲渡所得金額を五億七八三五万円、納付すべき税額を四億五八一七万二三〇〇円とする確定申告「以下「乙事件申告(一)」という。)を、平成二年三月一四日、平成元年分の所得税につき、総所得金額を七億二三二〇万一六七三円、納付すべき税額を三億五三八八万六七〇〇円とする確定申告(以下「乙事件申告(二)」という。)を、それぞれしたところ、乙事件被告は、平成四年三月一二日、乙事件原告の昭和六三年分の所得税につき、総所得金額を一五億二五六三万八五五〇円、分離長期譲渡所得金額を五億七八三五万円、納付すべき税額を一〇億七〇六四万〇三〇〇円とし、乙事件原告の平成元年分の所得税につき、総所得金額を七億五二二〇万六九四八円、分離株式等の譲渡所得金額八八一二万四二〇〇円、納付すべき税額を三億八六〇一万四〇〇〇円とする各更正(以下「乙事件各更正」という。)及び乙事件原告の昭和六三年分の所得税に係る過少申告加算税を六八七九万七〇〇〇円、平成元年分の所得税に係る過少申告加算税を三二一万二〇〇〇円とする各過少申告加算税賦課決定(以下「乙事件各賦課決定」といい、乙事件各更正と合わせて「乙事件各処分」という。)をした(以下、甲事件各処分と乙事件各処分とを合わせて、「本件各処分」と総称する。)。

5  甲事件各処分の根拠(甲第一号証)

甲事件各処分の根拠は次のとおりであり、本件各売買契約が有効であるとした場合の原告会社に対する課税関係が、以下の根拠により、甲事件各処分のとおりとなることについては当事者間に争いがない。

(一) 甲事件更正の根拠

甲事件更正の根拠は、別表4記載のとおりである。

すなわち、甲事件被告は、本件各売買契約の対象となった、松本祐商事株式、松商株式、日本ゴルフ信販株式及び松本ビル株式の本件各売買契約当時の時価を、別表6ないし13記載のとおり、いわゆる純資産価額方式を基にした結果、別表5記載のとおり、本件各売買契約における譲受価額(同表中「価額等」の欄記載<1>)が、右各時価(同<2>)に比べて低いため、それぞれの譲受価額と右時価との差額が、無償による資産の譲受けに当たるとして、法人税法(ただし、昭和六三年法律第一〇九号による改正前のもの。以下同じ。)二二条二項により、右差額の合計一〇億五〇四七万七五〇〇円を、資産の低額譲受けによる収益の額(別表4記載<2>)として、原告会社の益金の額に算入することとし、甲事件申告における申告所得金額一八三四万九九〇〇円(同<1>)と合算して、所得金額一〇億六八八二万七四〇〇円を求め(同<3>)、右所得金額に国税通則法(以下「通則法」という。)一一八条一項、法人税法六六条を適用して所得金額に対する法人税額四億四七九四万七三四〇円を算出し(同<4>)、別表14記載のとおり、通則法一一八条一項を適用して得られた本件事業年度の課税留保金額一億五六一六万五〇〇〇円に、法人税法六七条を適用して算出した課税留保金額に対する税額二四七三万三〇〇〇円(同<5>)を合算した合計額四億七二六八万〇三四〇円から、甲事件申告における控除所得税額四九万七一九七円(同<6>)を控除して得られた金額に、通則法一一九条一項を適用して、納付すべき法人税額を四億七二一八万三一〇〇円と算定した(同<7>)。

(二) 甲事件賦課決定の根拠

甲事件被告は、甲事件更正の結果原告会社が新たに納付すべきこととされた法人税額に、通則法一一八条三項、六五条一項、二項を適用して、過少申告加算税の額六九五五万二〇〇〇円を算定した。

6  乙事件各処分の根拠(甲第三、第四号証)

乙事件各処分の根拠は次のとおりであり、本件各売買契約が有効であるとした場合の原告祐正に対する課税関係が、以下の根拠により、乙事件各処分のとおりとなることについて当事者間に争いがない。

(一) 乙事件各更正の根拠

乙事件各更正の根拠は別表15記載のとおりであり、その詳細は次のとおりである。

(1) 昭和六三年分について

所得税法(以下「法」という。)九条一項一一号ホ「昭和六三年法律第一〇九号による改正前のもの)及び所得税法施行令「以下「令」という。)二七条の三第一項、三項、二六条四項(いずれも昭和六三年政令第三六二号による改正前のもの)(以下「本件非課税規定」と総称する。)により、平成元年三月三一日までは、個人の有価証券の譲渡に係る所得については、同一銘柄の株式を額面五〇円として計算される件数で一二万株以上譲渡した場合を除き、原則として非課税とされていたものであり、本件売買契約(一)は昭和六三年一二月二七日に締結されているが、その対象とされた松本祐商事株式三万株は額面金額五〇〇円であるため、額面金額五〇円の株式に換算すると三〇万株となって一二万株を超えることになるため、課税対象となるところ、原告祐正は、右松本祐商事株式三万株のうち八〇〇〇株を昭和三五年二月一日に取得しているので、右八〇〇〇株は法三三条三項二号に基づく譲渡所得(総合長期譲渡所得)となり、残りの二万二〇〇〇株を昭和五九年一二月一九日に取得しているので、右二万二〇〇〇株は同項一号に基づく譲渡所得(総合短期譲渡所得)となる。

乙事件被告は、総合短期譲渡所得については、本件売買契約(一)の売買代金単価四万円を基に算出される松本祐商事株式二万二〇〇〇株分の価額八億八〇〇〇万円から、取得費一一〇〇万円(一株当たり五〇〇円の二万二〇〇〇株分。)、譲渡に要した費用四八四万円(原告祐正が本件売買契約(一)に伴い納めた有価証券取引き税六六〇万円のうち二万二〇〇〇株に対応する金額)、譲渡所得の特別控除額五〇万円(法三三条四項)を控除した八億六三六六万円(別表15中「昭和63年分」欄記載<4>)とし、総合長期譲渡所得については、本件売買契約(一)の売買代金単価四万円を基に算出される松本祐商事株式八〇〇〇株分の価額三億二〇〇〇万円から、取得費四〇〇万円「一株当たり五〇〇円の八〇〇〇株分。)、譲渡に要した費用一七六万円(原告祐正が本件売買契約(一)に伴い納めた有価証券取引税六六〇万円の八〇〇〇株に対応する金額)を控除した金額の二分の一に相当する金額(法二二条二項二号)である一億五七一二万円(同<5>)とし、乙事件申告(一)における配当所得の金額一七三九万円(同<1>)、不動産所得の金額一四一九万〇〇八七円(同<2>)、給与所得の金額九八〇万五〇〇〇円(同<3>)及び雑所得の金額四億六三四七万三四六三円(同<6>)と合算して、総所得金額一五億二五六三万八五五〇円を算定した(同<7>)。

次に、右総所得金額から乙事件申告(一)における所得控除額二〇一万五六三〇円(同<10>)を控除した金額に、通則法一一八条一項、法八九条一項、九六条ないし一〇一条を適用して算出される総所得金額に対する所得税額九億〇四四〇万三七〇〇円(同<14>)と、乙事件申告(一)における分離課税の長期譲渡所得の金額五億七八三五万円(同<8>、<12>)に、租税特別措置法(以下「措置法」という。)三一条一項一号(平成三年法律第一六号による改正前のもの)を適用して算出される分離課税の長期譲渡所得の金額に対する所得税額一億六九五〇万五〇〇〇円(同<15>)の合計額(同<17>)から、乙事件申告(一)における源泉徴収税額三二六万八四〇〇円(同<19>)を控除して、納付すべき所得税額一〇億七〇六四万〇三〇〇円を算定した(同<20>)。

(2) 平成元年度分について

乙事件原告は、昭和六四年一月一日から平成元年三月三一日までの間に、テイサン株式会社発行の株式二五万株を四億二二四六万四〇〇〇円で取得し、かつ、四億五一九六万九二七五円で譲渡しているので、これによる総合短期譲渡所得の金額は、譲渡金額四億五一九六万九二七五円から取得金額四億二二四六万四〇〇〇円及び譲渡所得の特別控除額五〇万円(法三三条四項)を控除した金額である二九〇〇万五二七五円となる(別表15中「平成元年分」の欄記載<4>)。

乙事件被告は、右総合短期譲渡所得二九〇〇万五二七五円に、乙事件申告(二)における配当所得の金額五〇九万七五〇〇円(同<1>)、不動産所得の金額二二〇一万六六〇〇円(同<2>)、給与所得の金額九八〇万五〇〇〇円(同<3>)及び雑所得の金額六億八六二八万二五七三円(同<6>)と合算して、総所得金額七億五二二〇万六九四八円を算定した(同<7>)。

次に、措置法三七条の一〇(平成七年法律第五五号による改正前のもの。以下同じ。)により、分離課税とされる本件売買契約(五)の対象たる日本ゴルフ信販株式一万七二〇〇株の譲渡所得について、法五九条一項二号、令一六九条により、本件売買契約(五)締結時における価額によって譲渡されたものとみなして、別表5記載<5>の本件売買契約(五)締結時における時価単価五六二五円を基に算出される一万七二〇〇株分の価額九六七五万円から、取得費八六〇万円(一株当たり五〇〇円の一万七二〇〇株分。)、譲渡に要した費用二万五八〇〇円(乙事件原告が本件売買契約(五)に伴い納めた有価証券取引税額)を控除して、分離課税の株式等の譲渡所得の金額八八一二万四二〇〇円を算定した(同<9>)。

そして、前記総所得金額から乙事件申告(二)における所得控除額一六三万〇五一〇円(同<10>)を控除した金額に通則法一一八条一項、法八九条一項を適用して算出される総所得金額に対する所得税額三億七一三八万八〇〇〇円(同<14>)と、前記分離課税の株式等の譲渡所得の金額に通則法一一八条一項、措置法三七条の一〇を適用して算出される分離課税の株式等の譲渡所得の金額に対する所得税額一七六二万四八〇〇円(同<16>)の合計額(同<17>)から、前記配当所得の金額(同<1>)に法九二条一項三号イ(昭和六三年法律第一〇九号による改正前のもの)を適用して算出される配当控除の額二五万四八七五円(同<18>)と乙事件申告(二)における源泉徴収税額二七四万三九〇〇円(同<19>)とを控除して、納付すべき所得税額三億八六〇一万四〇〇〇円を算定した(同<20>)。

(二) 乙事件各賦課決定の根拠

乙事件被告は、乙事件各更正の結果原告祐正が新たに納付すべきこととされた所得税額に、昭和六三年分については、通則法一一八条三項、六五条一項、二項を適用して、過少申告加算税の額六八七九万七〇〇〇円を算定し、平成元年分については、通則法一一八条三項、六五条一項を適用して、過少申告加算税の額三二一万二〇〇〇円を算定した。

7  本件各処分に対する不服申立ての経緯(甲第二号証、第五号証)

本件各処分に対する不服申立ての経緯は、別表1ないし3記載のとおりである。

すなわち、原告らは、原告会社については平成五年一月二五日、原告祐正については平成四年五月八日、それぞれ東京国税局長に対し異議申立てをしたが、原告会社については平成五年四月二一日、原告祐正については平成四年六月三〇日、いずれも棄却され、原告会社については平成五年五月一二日、原告祐正については平成四年七月二九日、それぞれ国税不服審判所長に対し審査請求したが、平成七年七月七日付けでいずれも棄却され、同月二〇日、右各裁決書謄本の送達を受けたため、同年一〇月一七日、本件各訴えを提起した。

二  争点

原告らは、本件各売買契約は、有価証券取引税以外には課税されないと信じて締結したものであり、錯誤による無効なものであるから、本件各処分のうち、本件各売買契約に基づく譲受益、譲渡所得が存するとの前提でなされた部分は違法であると主張するのに対し、被告らは、右のような錯誤はなく、仮にあったとしても、原告らには重大なる過失が存するため錯誤無効を主張することができないし、法定申告期限経過後においては、被告らに対し、錯誤無効を主張することはできないと主張する。したがって、争点は、本件各売買契約に要素の錯誤が存するか否か、原告らが被告らに対し、本件各売買契約の錯誤無効を主張できるか否かという点にあり、争点に係る当事者の主張は次のとおりである。

(原告ら)

原告らは、以下のとおり、本件各売買契約により、甲事件原告に対する法人税課税、乙事件原告に対する所得税課税がなされるとは全く考えておらず、原告らに対して総額一〇億円以上の課税がなされることが分かっていれば、本件各売買契約の締結はしていなかったのであるから、原告らに対する課税の有無は本件各売買契約における契約の要素となっており、仮に、課税の有無が本件各売買契約締結の動機にすぎなくても、原告らは相互に、右動機を表示して本件各売買契約を締結しているのであるから、本件各売買契約には要素の錯誤が存する。しかも、原告らは既に本件各売買契約の無効を前提として、原状回復を行なっている。

1 本件各売買契約の目的は、原告祐正の自己資金の必要と相続税対策から、原告祐正が所有している同族会社の株式を原告祐正が実権を掌握していた原告会社に移転して、原告会社に管理させることにあったのであり、多額の課税がなされるにもかかわらず、本件各売買契約を締結しなければならないような事情もなかった。また、松本祐商事株式については、未上場会社の株価評価に関する日経ビジネスの記事における同社株式の評価額を参考に売買代金を一株当たり四万円とし、松商株式、日本ゴルフ信販株式、松本ビル株式については、これらの会社がいずれも実体のないいわゆるペーパーカンパニーであることから、額面金額をもって売買代金とすることとし、本件各売買契約締結に先立ち、松本祐商事の顧問税理士である犬井新次郎(以下「犬井税理士」という。)に、本件各売買契約に係る課税関係の有無を確認し、松本祐商事株式の額面金額が五〇〇円であることの認識のなかった犬井税理士から、課税されないとの回答を得た上で、本件各売買契約を締結し、有価証券取引税の納付を行ったのであるから、原告らには、本件各売買契約を税務当局に対し秘密裡に行う意図や本件各売買契約に関し課税されるとの認識は全くなかった。したがって、本件各売買契約締結には、要素の錯誤が存し、原告らに重大な過失は存しない。

2 原告らは、松本祐商事株式の額面金額が五〇〇円であることに気付いた犬井税理士から、本件売買契約(一)が非課税とはならない旨報告を受けたため、弁護士を会して平成三年一〇月九日、本件売買契約(一)が錯誤により無効であることを確認し、原告祐正から原告会社へと名義書換えがなされていた松本祐商事株式三万株につき、再度、原告祐正への名義書換手続を行い、原告祐正において、原告会社が松本祐商事に対して負っている借入金債務のうち一二億円の債務を引き受けることにより、本件売買契約(一)の売買代金の返還に充当する旨の合意書を作成し、右合意書に基づき、松本祐商事株式三万株の原告祐正への名義書換手続及び原告祐正による債務引受を実行しており、また、松商株式一五〇〇株、日本ゴルフ信販株式合計二万株、松本ビル株式六万九〇〇〇株についても、本件売買契約(二)ないし(五)の錯誤無効を前提として、原告祐正への名義書換えを実行し、原告祐正は、原告会社の銀行預金口座に右各株式の売買代金額を入金して返還している。

(被告ら)

本件各売買契約締結に当たり原告らに対する課税の有無につき原告らに錯誤が存しないこと、あるいは、仮に、錯誤が存したとしても、重大な過失が存し、錯誤無効を主張し得ないものであることは以下のことから明らかである。

1 本件売買契約(一)について

(一) 次の点に照らし、原告祐正が本件売買契約(一)につき所得税が課税されることを認識していたことは明らかである。

(1) 原告祐正は、本件売買契約(一)当時、同一銘柄の株式を一二万株以上譲渡した場合には所得税が課税されることを知っていたこと。

(2) 原告祐正が代表者である松本祐商事は、有価証券の取得並びに保有利用に関する業務を目的の一つとし、同社の昭和六二年一〇月一日から昭和六三年九月三〇日までの事業年度において株式収入一億六五〇一万一一六〇円を営業収益に計上していること。

(3) 原告らが原告祐正が実質的に支配していると主張する原告会社は、株式、社債への投資及び有価証券の売買、保有を目的の一つとし、本件事業年度において有価証券売却益一億六五四三万八四五二円を営業収益に計上し、それが営業収益の総額であること。

(4) 有価証券の売買は、原告祐正だけではなく、その家族全員が行い、その回数も多数にのぼり、個人の有価証券の譲渡に係る所得が原則非課税とされていた昭和六三年当時において、忠東及び原告祐正の長女である宮崎雪子は、同年分の所得税の確定申告において、有価証券の譲渡に係る所得の申告を行っており、原告祐正も、昭和四三年分以後の所得税の確定申告において、度々有価証券の譲渡に係る所得を申告している。

(二) 本件売買契約(一)に係る合意は、原告祐正と原告会社の取締役であった忠東とで行われたものであるが、原告らにおいて原告会社の実質的経営権を掌握していたと主張する原告祐正が本件売買契約(一)につき所得税が課税されることを認識していたことは前記(一)のとおりであり、忠東についても、次の点に照らし、原告祐正が本件売買契約(一)につき所得税が課税されることを認識していたことは明らかであるから、原告会社もまた、本件売買契約(一)につき所得税が課税されることを認識していたことは明らかというべきである。

(1) 忠東は、昭和六三年二月まで第一証券に勤務し、昭和六〇年には、有価証券の勧誘、売買等の外務員活動を行う資格である証券外務員資格を取得し、昭和六一年には日本証券業協会が開設した証券取引に関する税金の知識の習得を目的とした税務基礎講座の修了認定を受けていること。

(2) 忠東が証券外務員の資格を取得した前年の昭和五九年の証券外務員資格試験問題には、個人がした株式の譲渡による所得について、売買回数に関係なく所得税が課税されるのは、どのような株式について、一年間に額面五〇円で換算して何万株以上譲渡した場合であるかを問う問題が出題されており、第一証券は、試験対策として、同社からの受験者に右問題を解かせており、また、試験対策として過去の試験問題からその出題傾向を探り、対策を練ることは通常行われているので、忠東も右問題を解いていることは明らかであること。

(3) 忠東が証券外務員資格取得のために勉強したテキス及び前記(1)の税務基礎講座のテキストのいずれにも、個人の有価証券の譲渡で所得税が課税される場合の譲渡株式数の算定は額面金額を五〇円に計算した株式数に置き換えることが指摘されていること。

(4) 平成元年三月三一日以前は、個人の有価証券の譲渡に係る所得には課税されないことが原則であったので、課税される場合及び要件については、証券会社の個人客にとっては重大な関心事であり、証券会社の社員が右課税要件について熟知していることは常識であったともいえ、実際、忠東は、昭和六三年分の所得税の確定申告において、課税要件に該当する有価証券取引があったとして、有価証券の譲渡に係る所得を申告していること。

2 本件売買契約(二)ないし(五)について

松商、日本ゴルフ信販及び松本ビル(以下、右三社を「松商等」と総称する。)が、原告らが主張するような営業上実態のないペーパーカンパニーであるといえないことは、次の点から明らかであり、忠東及び原告祐正とも、そのことを認識して、本件売買契約(二)ないし(五)を締結したものというべきである。

(一) 松商等の昭和六三年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度における貸借対照表の資産の部の貸付金残高及び損益計算書の受取利息の額がいずれも多額であること。

(二) 松商等が自己の名前で金融機関からの借入及び営業活動を行っていること。

(三) 松本ビルは、昭和六三年九月からスワイヤーホテル(東京都新宿区新宿五丁目二番四号所在)を経営していること。

3 原告らの本件各売買契約締結の動機

原告らは、原告祐正が資金を必要としたため本件各売買契約を締結した旨主張するが、本件売買契約(一)についてみると、昭和六三年一二月二七日に原告会社が松本祐商事から一二億円を借入、右借入金が東海銀行原宿支店の原告会社名義の普通預金講座に振り込まれ、同日、同口座から一二億円が売買契約(一)の代金の支払のために同支店の原告祐正名義の普通預金口座に振り込まれ、右口座からは、同月二八日に原告祐正の松本祐商事に対する貸付けのために七億円が支出され、同月二九日には残りの五億円が定期預金とするため、それぞれ支出されており、実質的には資金を動かさずに株式の名義だけを原告祐正から同人の妻及び五人の子によって全株式が所有されている原告会社に変更したことは明らかであって、原告祐正には原告らが主張するような資金需要があったとは到底いえず、前記1、2の各点をも総合すれば、原告らは、本件各売買契約に係る本来の課税関係を熟知しながらも、相続税対策等のため、被告らから本件各売買契約に係る課税上の問題点に係る指摘がないことに期待して本件各売買契約を締結し、税務調査による指摘と同時にその錯誤無効を主張し始めたものというべきである。

三  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び承認等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第三争点に対する判断

一  本件売買契約(一)について

1  証拠(甲第一〇、第一一号証、証人忠東、同犬井。ただし、いずれも後記採用しない部分を除く。以下同じ。)によれば、本件各売買契約は、昭和六三年一二月二七日に行われた原告祐正と当時原告会社の取締役であった忠東との間の協議における合意内容に基づいて締結され、その協議に松本祐商事の顧問税理士である犬井税理士も同席していたこと及び原告祐正は、右協議の場で、個人が同一銘柄の株式を譲渡する場合に、一二万株未満であれば課税されないことを犬井税理士に確認したことが認められるのであるから、右事実に照らせば、原告祐正及び忠東は、個人が同一銘柄の株式を一二万株以上譲渡した場合には、本件非課税規定の適用がなく、それによる所得について課税されることについての認識を有していたものということができる。したがって、本件売買契約(一)について原告らが主張する錯誤あるいは被告らの指摘する重大な過失の対象は、本件非課税規定における一二万株が額面金額五〇円の株式を前提とした株式数であり、それ以外の額面金額の株式については額面金額五〇円の株式数に換算して算出することの認識の有無に収れんされるものということができる。

2  証拠(甲第一〇ないし第一二号証、第二八号証(ただし、後記採用しない部分を除く。)、乙第五号証、第一一ないし第一三号証、証人忠東、同犬井)によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告祐正は、本件売買契約(一)締結以前から、個人として、証券会社を介した株式の売買を反復、継続して行っており、証券会社の担当者において、株式取引の経験が豊富と認める程度の知識と経験を有していた。

(二) 原告らにおいて本件売買契約(一)の売買代金決定の資料としたとしている日経ビジネス(甲第一二号証)には、「未上場二四五二株価ランキング」という記事が掲載され、その株価ランキング表の第一〇位に松本祐商事が、株価四五一二円として掲げられ、「株価ランキング表の見方」として、「額面株の株価は五〇円額面換算。社名のあとに*印があるのは五〇円以外の額面株」との記載がなされ、松本祐商事については、社名のあとに*印が付されている。

(三) 忠東は、第一証券に勤務している間に、日本証券業協会が実施する証券外務員の資格試験に合格し、昭和六〇年に証券外務員の資格を取得し、昭和六一年には、日本証券業協会が実施した通信講座方式の税務基礎講座を受講し、修了認定を受けているが、昭和五九年の証券外務員の資格試験に本件非課税規定における課税要件に関する問題が出題されており、また、右資格試験受験のための第一証券内部の研修に用いられたテキスト及び税務基礎講座のテキストには有価証券の譲渡に係る所得に対する課税関係についての記述があり、いずれも課税要件たる譲渡株式数については額面五〇円で換算する旨が明記されている。

(四) 忠東は、本件非課税規定が廃止される前である昭和六三年分の所得税の申告において、株式の譲渡による所得を課税対象として計上していた。

3  右事実に照らせば、原告祐正は、株式取引を反復、継続して行っており、証券関係税制についても相当程度の知識を有していたものと推認することができるところ、原告祐正が本件売買契約(一)の代金決定に当たって参考とした日経ビジネスの記事を見ても、株価ランキングは五〇円額面換算とされており、松本祐商事株式の譲渡価格が四万円とされたのも、額面金額五〇〇円の株式であることを認識した上、日経ビジネスの記事に掲げられていた株価を約一〇倍したものであろうことが推認されるのであるから、本件非課税規定における課税要件たる譲渡株式数についても、額面金額五〇円に換算すべきことは十分認識し、又は認識し得たものというべきである。

4  また、前記2の事実に照らせば、忠東が証券外務員資格を有する証券会社従業員という職歴を有し、有価証券の譲渡に係る所得に対する課税要件等についても理解していたことが推認され、さらに、忠東も前記のとおり、本件売買契約(一)締結当時、松本祐商事の株主かつ取締役であったのであり、前記のとおり本件売買契約(一)の代金決定の資料とした日経ビジネスの記事を見ても、忠東において、松本祐商事株式が額面金額五〇〇円の株式であることを認識した上、日経ビジネスの記事に掲げられていた株価を約一〇倍した金額である四万円としたものというべきであるから、日経ビジネスの記事が額面五〇円の株式を基準として換算していること、忠東自身、その作成に係る陳述書(甲第二八号証)において、当時の上場企業のほとんどの株式が額面五〇円であって、額面五〇円以外の会社はほとんどなかったと記載していることに照らしても、本件非課税規定における課税要件たる譲渡株式数について、額面金額五〇円に換算すべきことは十分認識し、又は認識し得たものというべきであって、忠東の証人尋問における供述及び陳述書(甲第一〇号証、第二八号証)の記載中、右認定に反する部分については、採用しない。

5  なお、原告らは、本件売買契約(一)を締結するに当たって、犬井税理士に非課税となることを確認している旨主張し、忠東及び犬井税理士の各証人尋問における供述あるいは各陳述書(甲第一〇号証、第一一号証)中に右に沿う部分が存し、犬井税理士の供述等によれば、雑談の中で突然、本件売買契約(一)に係る本件非課税規定の適用について質問されたので、一般論として、株式数が三万株だから課税にはならないはずだと回答したとされており、また、忠東及び犬井税理士の各供述等によれば、その際、原告祐正が犬井税理士に対して、松本祐商事株式の価格を四万円とすることについての意見も求め、犬井税理士において、問題ない旨回答しているとのことであるが、犬井税理士の供述等によれば、その際、その根拠とされた日経ビジネスの記事は見せられていないとのことである。

しかし、犬井税理士が本件売買契約(一)締結に向けた原告祐正と忠東との協議の場に立会ったとすれば、犬井税理士は、まさに、本件売買契約(一)締結による課税の有無等税金関係のチェックのために同席していたものと考えられるところ、そこで、原告祐正から犬井税理士に対して本件非課税規定についての質問が出されたとすれば、本件売買契約(一)を前提とした本件非課税規定の適用の有無に関する質問に対して、一般論としてのみ回答するというのは不自然であるし、また、犬井税理士に価格についての意見を求めた原告祐正において、その根拠たる日経ビジネスの記事を犬井税理士に示していないということもまた、不自然であるというべきである。そして、仮に、原告祐正において犬井税理士に対して自経ビジネスの記事を示していたとすれば、前記の記事の内容に照らし、犬井税理士において、松本祐商事株式の額面金額が五〇〇円であることは容易に認識できたものというべきであるから、いずれにしても、本件売買契約(一)締結に向けての協議の場におけるやりとりに関する前記忠東及び犬井税理士の各供述等は、採用することはできないものというべきである。

6  また、原告らは、本件売買契約(一)の錯誤無効を前提とした原状回復を完了していると主張するが、前記のとおり、原告らは本件合意書を作成し、松本祐商事株式三万株の原状回復については、原告会社から原告祐正に株主名簿の名義書換えが行われているものの、売買代金の原告回復については、原告会社の松本祐商事に対する債務の引受けによってされたという元金一二億円の返還についても、原告祐正が松本祐商事から一二億円を借り入れ、右借入金をもって原告会社の松本祐商事に対する債務のうち一二億円の支払をしたという現実の金銭の移動を伴わない処理によっている上、右引受けに係る債務の特定(発生原因、元金、付帯債務の別)も明らかでなく、松本祐商事からその代表取締役である原告祐正に対する一二億円の貸付については、会社取締役間の取引に該当するにもかかわらず、松本祐商事の取締役会の承認を得ていないのであるから、原告らの主張する原状回復は、そのような外形を作出したというにすぎず、真実、錯誤無効を前提とした原状回復と評価できるものとは到底いい得ないものというべきである。

7  意思表示の内容に錯誤があり、その錯誤がなかったならば、その状況にある者は、通常、当該意思表示をしなかったであろうと考えられるほどに重要なものであるときは、法律行為の要素の錯誤として当該意思表示は無効となり、この錯誤が当該意思表示の動機に関するものである場合も、この動機が意思表示に際して表示されているときには同様に解されることになる。

しかし、本件においては、本件売買契約(一)締結に先立って、原告祐正及び忠東との間で、本件売買契約(一)によって生じ得る課税関係が話題となったこと、その場に犬井税理士が同席していたことが認められるものの、既に認定したとおり、原告祐正及び忠東は株式譲渡における課税関係に関する一定の知識及び松本祐商事株式が額面五〇〇円であることの認識を有し、一般の株式が額面五〇円で表示されていることを十分知った上で、適切な換算をして譲渡価格を決定している上、有価証券取引税以外の租税債務の存否、額が本件各売買契約の成否を決するまでに重要な動機であったというのであれば、本件各売買契約の金額に照らしても、同席した犬井税理士に事実関係を明示して慎重な検討を求めることが期待されるのに、これを行ったとの事情は認められないから、本件売買契約(一)の株式譲渡に際して、原告祐正に対する所得税の発生が話題となったとしても、これが生じないことが右契約の動機となっていたと認めるには足りないというべきである。また、本件売買契約(一)に係る株式譲渡により、原告会社は、純資産価額方式によれば一株当たり六万九二四二円と評価される株式を一株当たり四万円で取得し、八億七七二六万円の譲受益を享受し、原告祐正は、一株当たり四万円で譲渡してなお譲渡所得を実現しているのであって、税額が契約当事者の予期を超えたとしても、そのことから、株式移転及び対価の取得という契約の目的の達成が阻害されるものということはできず、通常人の判断を基準とした場合に、租税負担の故に譲渡の意思表示をしなかったであろうと考えられるものでもないというべきである。したがって、原告祐正及び忠東が内心において、多額の租税負担であれば、契約締結を躊躇し、再考する意図を有していたとしても、前記協議における言動をもって、およそ所得税又は法人税の対象とされるのであれば、本件売買契約(一)を締結しないという動機の表示と認めることはできないものというべきである。

また、前記協議における言動が本件売買契約(一)を含む本件各売買契約締結の動機を表示するものであったとしても、重大な過失が存することは明らかというべきであるから、本件売買契約(一)の錯誤無効を前提とした原告らの主張は理由がない。

二  本件売買契約(二)ないし(五)について

1  本件売買契約(二)ないし(五)については、原告らは、松商等がいずれも営業実体のないペーパーカンパニーとして、その株式の価額が額面金額相当額であるということを犬井税理士にも確認した上で締結したと主張しているのであるから、原告らの主張する錯誤あるいは被告らの指摘する重大な過失の対象は、松商等の株式につき譲渡価額とされた額面金額が当該株式の価額を適正に反映するものであったか否かの認識の点に収れんされるものということができる。

2  証拠(乙第三号証、第一五ないし第一八号証、証人忠東)によれば、次の事実が認められる。

(一) 松商等は、松商等の名義をもって、銀行からの借入れをし、他に貸付けをしており、松商等の昭和六三年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度における貸借対照表の資産の部の貸付金残高、負債の部の借入金残高並びに損益計算書の受取利息、支払利息の額は次のとおりである。

(1) 松商

貸付金残高 六一億九六一九万二二一四円

借入金残高 三九億六〇〇〇万円

受取利息 三億八八二〇万九七七九円

支払利息 一億七九八二万四五九四円

(2) 日本ゴルフ信販

貸付金残高 四七億一五〇〇万円

借入金残高 六〇億五五〇〇万円

受取利息 四億五八三四万〇〇一五円

支払利息 四億二七七九万五五〇〇円

(3) 松本ビル

貸付金残高 四六億六五〇〇万円

借入金残高 三二億三八二八万一一四一円

受取利息 二億八三六七万七一七七円

支払利息 一億七九二八万一五四二円

(二) 松本ビルは、昭和六三年九月からスワイヤーホテル(東京都新宿区新宿五丁目二番四号所在)を経営している。

3  右の事実に加え、前記のとおり、松商等については、別表9ないし13記載のとおり、純資産を有しており、また、特に、本件売買契約(三)及び(五)において対象とされているのは日本ゴルフ信販の発行済全株式であること並びに原告祐正及び忠東においても、同族企業に係る事項として、本件売買契約(二)ないし(五)締結の協議の時点において、以上の事実を十分認識していたものと推認することができることに照らせば、松商等の株式につき、その額面金額をもって時価と見ることが相当でないことについて、原告祐正及び忠東ともに、十分認識していたものということができる。

4  原告らは、本件売買契約(一)締結に向けた協議の際に合わせて行われた本件売買契約(二)ないし(五)締結に向けた協議に当たって、犬井税理士に額面金額でよいことを確認している旨主張し、忠東及び犬井税理士の各証人尋問における供述あるいは各陳述書(甲第一〇号証、第一一号証)中に右に沿う部分が存し、忠東の供述等によれば、本件売買契約(二)ないし(五)締結に向けた話は、本件売買契約(一)締結に向けた協議のついでに出されたものであるとされており、そうであれば、あらかじめ犬井税理士において十分な調査をした上で右協議に臨んだというわけではないものと考えられ、右各供述等からも、犬井税理士において十分調査の上回答したという状況は窺われないところ、犬井税理士は、課税当局が純資産価額方式による株式評価をする傾向にあるということは以前から認識していた旨供述しているのであるから、右協議における原告祐正、忠東の関心事が本件売買契約(二)ないし(五)に関する課税の有無であるのであれば、右のような課税当局の傾向を知っている犬井税理士において、十分な調査なく、安易に課税されないとの回答をするということは不自然であるというべきであり、前記のように、同一機会における本件売買契約(一)に係るやりとりに関する前記供述等が不自然であって採用できないことを合わせ考えれば、本件売買契約(二)ないし(五)締結に向けての協議におけるやりとりに関する前記忠東及び犬井税理士の各供述等はいずれも採用できないものというべきである。また、犬井税理士が課税されない旨の見解を述べたとしても、前記各株式の時価が額面金額を上回る事情は、原告祐正及び忠東において認識していたものというべきである。

5  原告らは、本件売買契約(二)ないし(五)についても、錯誤無効を前提として原状回復を完了していると主張するが、前記のとおり、松商等の株式の株主名簿の名義書換え及び売買代金の返還が行われたのは、平成四年四月になってからであり、時期的にみて乙事件各処分がなされた後のことであり、その時期及び内容に照らし、原告らの主張する原告回復は、真実、錯誤無効を前提とした原状回復と評価できるものとはいい難いものというべきである。

6  以上によれば、本件売買契約(一)についてと同様、本件売買契約(二)ないし(五)についても錯誤の要件としての動機の表示があったとは認められず、原告ら主張のような錯誤が存したと認めることはできない。また、仮に課税の有無に関し何らかの錯誤が存したとしても、重大な過失が存することは明らかというべきであるから、本件売買契約(二)ないし(五)の錯誤無効を前提とする原告らの主張は理由がない。

三  本件各処分の適法性

以上によれば、前記第二、一、5記載の根拠に基づいてされた甲事件各処分及び前記第二、一、6記載の根拠に基づいてされた乙事件各処分はいずれも適法である。

第四結論

以上の次第で、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官 團藤丈士 裁判官 水谷里枝子)

別表1

本件課税処分等の経緯

<省略>

別表2

本件課税処分等の経緯

昭和六三年分

<省略>

別表3

本件課税処分等の経緯

平成元年分

<省略>

別表4

原告会社の本件事業年度に係る所得金額及び納付すべき法人税額等

<省略>

別表5

株式の低額譲受けによる収益の明細

<省略>

別表6

松本祐商事株の純資産価額の算定表

<省略>

別表7

松本祐商事が所有する土地の評価明細書

<省略>

別表8

松本祐商事株が所有する有価証券の評価明細書

<省略>

別表9

松本ビルディング株の純資産価額の算定表

<省略>

別表10

松商株の純資産価額の算定表

<省略>

別表11

日本ゴルフ株の純資産価額の算定表

<省略>

別表13

松本ビルディング株の純資産価額の算定表

<省略>

別表12

日本ゴルフ信販の土地の評価明細書

<省略>

別表14

原告会社の本件事業年度に係る課税留保金額

<省略>

別表15

原告祐正の本件各年分に係る所得金額及び納付すべき所得税額等

<省略>

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